シネマッド2019年6月号
11/22

 《歓迎!聖徳太子ご一行宿泊》―こんな風変わりな看板が、広島市郊外の銀行の玄関に掲げられ話題になった。昭和四十年代初めのことだ。 「聖徳太子」とは、日本銀行発行の一万円紙幣。われらサラリーマンの給料は月三万円そこそこ。それまで千円札が主流だった給料袋が、軽く薄くなった。ただ〝万円札〞は高額過ぎて使いにくく、両替に走ったものだ。そこで「わが銀行でどうぞ」という勧誘の看板に…。その後、肖像画は「福沢諭吉」になった。 さて、日本紙幣が二十年ぶり刷新されることとなった。一万円札は近代日本の実業家「渋沢栄一」に、五千円札は女子教育の母「津田梅子」に、千円札は血清医学の祖「北里柴三郎」に。政府は「偽札対策など刷新の周期を迎えている」と説明。五年後の発行を予定している。 なぜいま発表?本音は景気回復と政権浮揚を狙った〝公表前倒し〞との憶測が専らだ。紙幣刷新の経済効果は三兆円超の予測。肖像画の人選も安倍政権の主要政策を連想させる三人が選ばれ、官邸筋自ら「産業育成、女性活躍、科学技術の近代化に貢献した人物だ」と語るに落ちる説明へ。行き詰った〝アベノミクス〞打開の苦肉の策、とみた。 別の見方をすれば、「令和」という改元のスタートに便乗し『人心一新』を狙った節もある。「人々の心を全く新しくする」。つまり「時代の気分」のリセットである。 最近の国際情勢をみても、トランプ米大統領ら〝自国ファースト〞の専制政治が横行、地域紛争や国際経済の不安定が拡大している。いま真の『人心一新』を願うのは、為政者ではなく民衆の側であろう。 新一万円札「渋沢栄一」には、国内では「政商の印象が強い」と、お隣の韓国からは「侵略時代の収奪王」との非難の声も。安倍政権の政治体質の反映とみる向きもある。 もっとも、肖像画はどなたであれ、わが家への「一万円札ご一行」の宿泊は大歓迎である。その百六十八十じんしんいっしん「時代の心」をリセット人心一新にせさつもっぱふし

元のページ  ../index.html#11

このブックを見る