勝負師たちの矜持の弁その二百三森林限界環境によって樹木が育たず森林を形成することが出来ない境界線のことを『森林限界』と呼ぶ。富士山でいえば五合目(二千四百㍍)辺りになるという。この聞き慣れない森林学用語が一躍脚光を浴びたのは、先に「王将」を奪取し十九歳六カ月という将棋界最年少で五冠となった藤井聡太さんの記者会見だった。若くして頂上を極めつつあることで「将棋の道を富士山に例えると今は何合目か」と問われ《将棋の道は奥が深く、まだ頂上が見えない。『森林限界』の手前です》との答え。はしゃぐでもなく、謙虚で含蓄に富んだ言葉選びに感嘆の声が上がったことは、多くの人々の記憶に新しい。これまでにも節目節目で「僥倖=偶然にめぐって来る幸せ」とか「望外=期待以上であること」など難しい言葉を使ってきた。幼い時から将棋一筋の身でありながら、自己研鑽で身に着けたものだ。加えて、AI超えの「神の手」も駆使する彼には「神童」や「天才」の形容がピッタリ。究極の〈八冠〉制覇も視野に入ってきたと、期待される。この世界では自分の到達点を「山の姿」で表現する習わしがあるようだ。思い出すのが、郷土広島が生んだ昭和の名人、升田幸三九段(三次市出身)である。名人位に就いた時のインタビューで心境を問われ《たどり来て、まだ山麓》の名言を吐いている。「目指す頂上はまだまだ上にある」との執念だ。藤井五冠の心境と通じるものがある。かつて、棋王戦の共催社の一員として羽生善治永世棋王の就任祝賀会に同席したことがある。羽生棋王の挨拶もまた《目指す頂きはまだ先にあります》―。あらためて、常に頂上を目指す「妥協のない」勝負師たちの矜持を思い起こす。人生百年時代を迎えた。仕事や趣味に生きてきて「あなたの現在地は何合目?」と問われたら何と答えるか―『森林限界の手前!』と格好つけてみたいものだ。あなたは?がんちくぎょうこうますこうぞう だ しんりんげんかい 十ぼうがいけんさんは ぶよしはるきょうじ
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