何かある」と心理学者のようにじいっと聴き入らせる仕掛け。演劇祭に向けての稽古という設定だから、戯曲の〔台詞〕と登場人物の通常の〔会話〕が乱れ飛び、ますます複雑に入り組んでくる。そう、よくよく聴けば、家福の心情を揺さぶるような台詞と会話が飛び交うのである。例えば戯曲『ワーニャ伯父さん』の台詞「あの女の貞淑さが徹頭徹尾〝まやかし〟だから…」とか「この僕の辛さがお前に分かるか」といった台詞が聞こえてきた時、家福は何を思っているのか―を想像しながら彼の表情を見つめる。そのうち三時間があっという間に過ぎていた。家福が演出する『ワーニャ伯父さん』は多言語劇で、背後のスクリーンに英語・日本語訳の字幕が出る方式。役者は皆、台詞が全て頭に入っているので、他国語でも相手の表情や言葉の雰囲気で解し、台詞を返す。そこに〔心のやりとり〕が見えてくる。そう、「対話」は言葉ではなく〔心のやりとり〕が重要なのだ―とさりげなく教えてくれるのだ。 三そしてようやくホッとひと息つくの…」家福の背後から、韓国手話の女優が彼の肩越しに手を伸ばし、その〝悩める心〟を包み込むように彼の顔の前で手話で語りかける…その映像に圧倒され、実は台詞が半分も頭に入らなかったものの、涙が出るほど感動した。そこで早速、ブルーレイを買って、じっくり台詞を追った。「伯父さん、生きていきましょう…運命が与える試練にじっと耐えて…最期の時がきたら大人しく死んでいきましょう。そして〝あの世〟で申し上げるの、苦しみました、泣きました、辛かったって…。といった内容だった。なるほど、やはりそうだった。その優しい言葉に家福は心の荷を降ろし、残りの人生を自分らしく生きていくんだろう…と、観る者は安心して、自分も頑張らねばと思う。そんな三時間の映像と言葉に幕が下りた時に、我々は「よう分からんとこもあったが、個人的には終盤で、ワーニャを演じるなんか満たされた気持ちになったのぉ」と劇場を出るのであろう。リピーターが多いのも頷ける。濱口監督のこうした〝心理的な仕掛け〟とも言うべき「観客の目と耳と心を惹き付け続ける構成力」が海外でも高く評価されて、カンヌ国際映画祭では脚本賞に輝いた。稀にみる凄い映画だ。 〔良〕 ▲奥に敷き詰めてあるのは平和公園の落ち葉※この「考察」は、RCCの情報アプリ《IRAW》に投稿した文章に加筆・修整したものです ○C2021「ドライブ・マイ・カー」製作委員会『ドライブ・マイ・カー』考察『ドライブ・マイ・カー』考察
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