2023年8月
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〔1971年=伊仏・ワーナー配給/131分◆ルキノ・ビスコンティ監督〕8Death in VeniceFile No.68 夏の「不快な暑さ」でこの作品を思い出した。小生が広島スカラ座でバイトしていた頃の1971年12月25日に封切られ、“役得”で勤務の前後に何度も観た。それは美しく難解な作品だからであり、初めて観た「芸術的映画」だったから。 1911年のベニスが舞台。ドイツの音楽家アッシェンバッハ(ダーク・ボガード)が休暇でやって来る。ホテルで彼は、客の中にセーラー服姿の美少年タジオ(ビョルン・アンドレセン)を見かける。その表情は妖艶とも言える、ギリシャ彫刻のような美しさだった。 作中に何度か回想で、友人との芸術論争が出てくる。要は「芸術は教育の最高要素だ」と主張する学者肌のアッシェンバッハに対し友人は反論する。「美は芸術家には創れない。自然に発生するもの。芸術は曖昧だ。解釈は無限で多種多様で自由なのだ」云々と。 今、目の前にいる少年の美しさは天与のもので芸術ではない。初老の音楽家はタジオに魅かれて視線で追い、心を乱す。ついには髪を黒く染め、顔は白塗り、唇に紅を差して若づくりし、タジオを追って街を歩き回る。 その頃、街ではコレラが流行り人々は次々に倒れていたが、観光都市ベニスはひた隠す。そんな中アッシェンバッハは一度は帰郷を試みるが、運命は逆回転する…。 ラストで、アッシェンバッハは夕日を浴びるタジオのシルエットに手を伸ばしたが、白塗りは汗で醜く剥がれて、頬には黒い染料が垂れていた…。それが“黒い涙”に見えてハッとした。これが一瞬の映像で語りかける映画の魔術か―と若造は納得したものだ。そう、映画芸術は感性の産物だ。解釈は無限で多種多様で自由なのだ!。以来、映画青年は感性を磨くため永い修業に出た。旅はまだ途中…『ベニスに死す』

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