2024年4月
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穏やかな語り口だが、映画については目を輝かせ、熱く話した。九カ月後、丁寧な年賀状が届いた。優しい人柄が滲み出ていた。取材相手から年賀状をもらったのは初めてだったので嬉しかった。以来、四半世紀も年賀状のやり取りは続いている。二年目の年賀状に「今年は『白い船』で伺います」と書いてあった。詳細は分からないが、来広の日程を待ちわびた。そして3月―。広島宝塚劇場で『白い船』の試写を見せてもらった際に、劇場ロビーで再会し、手を取り合った。錦織監督の笑顔には〝自信作〟という文字が浮かび上がっていた。もちろん記者は、清々しい感動の笑顔でインタビューに臨んだ。上映で故郷・島根に戻った際、塩津港の高台にある小学校の感動的な実話を耳にしたという。それは教室の窓から見える青い海に、ぽつんと白い点が動いていてそれが新潟と福岡を結ぶ大型フェリーだと判り、生徒たちは船長に手紙を書くと返事が来た…という心温まる話だ。いた故郷に、こんな素敵な話があった!と錦織監督は感動し映画化に動いた―。聞けば前作の凱旋二十年以上離れて    三

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