実生活でも母親になったばかりの前田敦子がシングルマザー役を好演する『葬式の名人』(9月20日から広島バルト11ほかで上映中)の樋口尚文監督(写真=ちゅピCOMスタジオで)がキャンペーンで来広し、製作の裏側を熱く語った。
この作品は大阪・茨木市の市制70周年を記念して企画されたものだが、「茨木には、いい意味で観光スポットがあまりないのでご当地PR映画にせず、逆に何んでもない町並みがすごく良くて、素晴らしい世界観を撮れました」と樋口監督は話す。
京都の撮影所を舞台にした佳作『太秦ライムライト』を手掛けた脚本家・大野裕之プロデューサーは、隣町の高槻に生まれ、名門・茨木高校に通った。大先輩に川端康成らがいて、大野青年は川端文学の愛読者でもあったという。そこで、今回の企画をオファーされた際に多くの川端作品から“原案”を得、ユニークでファンタジックな物語を書き上げた。その内容も斬新だが、「茨木のふるさと納税を活用して製作費の一部を集めた」のもユニークだ。
学生時代、甲子園を目指すエースピッチャーだった吉田 創(はじめ/白洲迅)は、地方予選の決勝大会で右腕を傷めたため野球をやめ、卒業後に姿を消した。バッテリーを組んでいた豊川大輔(高良健吾)は今、母校の野球部で顧問をしている。ある日、渡米したと聞いていた吉田がふらりと学校に現れた直後、豊川の目の前で飛球を追った子供をかばって交通事故で死ぬ。訃報を聞いた同級生の渡辺雪子(前田)や竹内みさ(中西美帆)、議員になった緒方慎吾(尾上寛之)らが駆けつけ、葬儀屋とのトラブルもあって母校で通夜を営むことになる…という物語。
樋口監督は長年、映画評論家として活躍、“推しメン”前田と対談するなどして「いつか一緒に映画を」と約束していたといい、満を持しての起用だ。前田の女優としての魅力を尋ねると「小芝居をしないところ。準備では“情”と“理”で考え尽くして現場に臨むタイプで、カメラ前に立った瞬間、ドーンと捨て身になるんです。すると現場が敦っちゃんの“磁場”に飲み込まれるって感じでした」と明かす。
それを引き立てるように高良が三枚目的な役柄を軽やかに演じている。雪子を挟んで吉田と豊川との三角関係のような雰囲気も甘酸っぱい。同時に「日本映画伝統の“母もの”的なホームドラマと、吉田と豊川とのボーイズラブ的な隠し味もあるので、そこらあたりも楽しんで欲しい」と樋口監督。
不思議な感覚のカメラワークと美術(部谷京子)も見どころで、映画全体がいわば《夢か現(うつつ)か幻か》―というイメージで覆われているところが面白い。「まさにそういう意図です。どこにカメラを据えるかで脚本の解釈が変わりますからね。中陰(ちゅういん=四十九日)には魂が彼岸と此岸の間に居るという視点にしよう―と、日本映画界現役最長老の中堀正夫カメラマンと話し合って…。普通の青春ものにしないで、間(あわい)な感じのファンタジーに仕上げました」と笑顔をみせる。
約2週間にわたる茨木ロケでは、「相当にアクロバティックな日程組みの現場でしたが、たまたま台風がロケの前後に避けてくれたり…。なにより茨木市民の方々や茨木高校の皆さんはミーハー的な騒ぎもせず、とても“上品な思いやり”に支えられてスムーズに撮れました」と樋口監督は感謝の言葉を贈った。
ちなみに、このインタビューは「ちゅピCOM」の番組『シネナビ』で9月27日から2週間、放送される。